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Channel: 不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!-
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「貉(MUJINA)」

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「貉(MUJINA)」といえば中学の英語の教科書に、小泉八雲「貉(MUJINA)」が載っていた。しかし何故か英語の先生は、その「貉(MUJINA)」をすっ飛ばして授業をしたものだから、残念な思いが残っていた。昔は、小泉八雲は普通に日本人だと思っていたが、ギリシア生まれの外国人で、名前をラフカディオ・ハーンというのは、後に知ったものだった。ところで小泉八雲は何故に、話に"のっぺらぼう"登場するのだが、タイトルを「貉(MUJINA)」にしたのだろうか?作品には"のっぺらぼう"という言葉すらない。一般的に"のっぺらぼう"は、貉や狸が化けていたとされるから、敢えて"のっぺらぼう"という名称を避け、妖怪の本体である貉を強調したのだろうか?
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貉といえば、私はまず歴代の住職を喰い殺してきた「遠野物語拾遺187」の貉が思い浮かぶ。今では貉はアナグマとされている為、狸と違ってどこか凶暴に思える顔付きであるから、アナグマが住職を喰い殺すイメージをどこかに感じていた。しかし、調べるとよくわからなくなるのが貉だった。
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中村禎里「動物たちの霊力」には、大正13年(1924年)栃木県で起きた、俗に云われる「タヌキ裁判」の詳細が書かれていた。自分は、ある猟師がアナグマを撃ったら、それは禁止されているタヌキを撃ったとして、裁判に負けて罰金が与えられたが、上告して無罪を勝ち取った話であると思っていた。しかし、よくよく読むと、そういうわけでは無かった。被告は「ムジナは撃ったが、タヌキは撃っていない。」との主張だったが、この被告はムジナとはタヌキであり、タヌキとはアナグマだと思っていたようだ。ところがその時代の動物学者の見解は「ムジナとタヌキは同一の動物である。」であった。ただ普通に、タヌキはタヌキと呼ぶ地域もあったようなので、この動物名の混同は、まだ学問的に確立されておらず、何となくの知識が伝わって、タヌキがムジナになり、またアナグマにもなっていたのかとも思える。似た様な話で、岩手県でのマガレイは、宮城県ではマコガレイと呼ばれ、岩手県と宮城県で、逆転して認識されている。また別に、岩手の海に生息するアナゴを岩手県の人達はハモと呼び、ハモを知っている人達からは「えっ?」という顔をされる。これは恐らく、河童の伝播も似た様なものでは無かっただろうか。「川にはこういうモノがいるらしい。」という情報を、適当に当て嵌めて地域に認識されたのが河童であるから、全国の河童の肖像がみな違っているのは、情報の混乱と適当な当て嵌めからきているのだと思う。
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「狸」という漢字は、古代中国から伝わって来た。中国では、山猫やジャコウネコなどに「狸」という漢字をあてた。それが日本に伝わり、「狸(ネコ)」と訓んだ。中国では、狐に次いで妖怪的な獣として狸がいたという。それが日本に伝わり「狸」とは、人を化かす獣であると思われた様だ。タヌキが人を化かす原型は、どうやらここから来たようだ。ところが「今昔物語」と「宇治拾遺物語」に同じ話が伝わっているが、かたや狸が登場し、かたや野猪が登場している事から狸=猪という認識もあったのかもしれない。となれば狸とは、人を化かす獣であると認識はされているものの、それは固有種ではなく、広義的な意味合いとしての狸という意味になっている。「カチカチ山」の話も悪い狸が登場するのが一般的だが、タヌキの代わりにサルになったいる話もある。となればサルもタヌキでは無い、狸の仲間入りとなるのだろうか。
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そして、ここに厄介な貉も加わる。遠野には貉の妖怪の話がいくつか伝わり、似た様な話が三つほどある。それが暗くなると行燈を照らす女だが、いくら女を鉄砲で撃っても手ごたえが無い。そこで行燈を打つとギャッ!という悲鳴と共に貉が倒れる話だ。ところが、似た様な話が遠野以外にも多くあり、それが貉ではなく狸になっている。 これは化かすものが貉でもあり狸でもある事から、貉と狸が共有された話でもある。これこそ「同じ穴のムジナ」である。この諺の意味は「一見違っているように見えるが、実は同類である」という事になっている。

それでは貉とは何だ?狸とはなんだ?と問うても、まだ動物が学問的に確立していない時代、各地域ごとの判断や呼び名にまかせるしかなかった。だから地域ごとの混同が起きたのだろう。そして恐らく、小泉八雲もムジナを調べて、その正体が結局わからず、ムジナの顔が見えてこなかった。だからタイトルを「貉(MUJINA)」とし、「のっぺらぼう」という名詞を使用せず、ただ「顔が見えない存在」として「貉(MUJINA)ムジナ」としたのではなかろうか?

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