
ある日、一人の樵夫が楢だと思って伐った巨木が、どうした事か斧の刃の立ち工合が違うのでよく見ると、木目などが細かくてよく似てはいるが、全く違った樹なので、皆が寄り集まってよくよく検べて見ると、それは間違いのない桐の木だという事が解りました。その木は何でも三抱えもあったといいます。それから樵夫どもは密かにそれを下げて、五十円ほどに売って酒代にしたという実話があります。
佐々木喜善「遠野奇談」より
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桐は、マヨヒガ(「遠野物語33」)とも結び付いている。ある男が白望山へ行った時、南向きの洞を遠くから眺めていると霧の中に美しい花が浮かび上がったが、それが桐の花であったという。そして桐の巨木の話は、早池峯山麓にも伝わる。ある猟師が山の主の頼みを聞いたお礼に、巨樹の桐の林の場所を教えてもらい、その桐の木を伐り売って富貴となったが、その猟師が寿命を迎えて死んだ時に、その大樹の桐の林は隠され、誰も行く事が出来なくなったと云う。しかしたまに、猿ヶ石川に紫の桐の花が流れてくる事があるので、その幻の桐の大樹の林から流れて来るのだと云われる。

日野巌「植物怪異」では、興味深い桐の伝承を紹介している。推古天皇時代、三河国の山に神代の桐の大樹があったと云う。その長さ四十丈、太さ三十二尋にして過半分枯れ、中に虚洞があった。其の中に龍が棲み、時々霧を発していたと云う。因ってその山を霧降山とも、桐生山とも伝ふと。桐の木で作るものには箪笥が有名だが、琴にも使用される。その琴の妖怪として"琴古主"というものがいる。琴古主の解説には「龍形の胴を現し、鳳舌の下に大きな目玉が二つ光っている」と記されており、龍の姿になった琴という事か。琴古主という妖怪が、神代の桐の大樹に龍が棲んでいた事に由来したものかは定かでは無いが、桐の木と龍の結び付きは、かなり古い時代まで遡るのだろう。白望山が銀鏡と結び付くのなら、そこには竜神が結び付く。そして早池峯もまた、龍神との関係が深い。そしてだ、桐が龍を通じて霧と結び付いている事がわかった。となればマヨヒガの原初には、龍神が関与している可能性があるのではなかろうか。