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Channel: 不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!-
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夜霧の晩、それに光が当たる中、橋から見下ろした霧の向こうに、自分から独立したような影がいた。西洋ではドッペルゲンガーという印象も受けそうだが、自分の影が独立している感覚は、魂が抜け出た感覚にも等しいと聞く。また、諸星大二郎「鏡島」に自分と同じ者が鏡に映ったように動いているのは、もしくは影の様に動いているのは"海モッコ"と呼ばれる物の怪であるのだが、似た様な話に「古事記(下つ巻)」に雄略天皇が葛城の一言主に遭うくだりがまさに、鏡の様な、影の様な描写であった。

「天皇、葛城山に登り幸しし時に、百の官の人等、ことごと紅き紐著けたる青摺りの衣を給はりて服たり。その時に、その向へる山の尾より、山の上に登る人あり。すでに天皇の鹵簿に等しく、またその装束の状、また人衆、相似て傾かざりき。」


山を登る天皇の行列と、そっくり同じ行列が向うの山の尾根伝いを歩いている場面の描写である。諸星大二郎の漫画では物の怪となっているが、ここでは一言主という神がその正体となっている。ところが神と物の怪の境界が曖昧で、物の怪もしくは妖怪は神の零落したものであるという柳田國男の見解を考えみても、人に対して害をなすのは、神も物の怪も同じレベルにいるのである。「古事記」では一言主という神の描写が、諸星大二郎「鏡島」では物の怪となっても違和感がない。結局、神も物の怪も人を惑わす存在として、行動は一致するのであった。
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ところで影という表現では無いが「日本書紀(神代)」に、大己貴命が自らの幸魂奇魂に出逢うくだりがある。


「夫れ葦原中國は、本より荒芒びたり。磐石草木に至及るまでに、咸に能く强暴る。然れども吾已に摧き伏せて、和順はずといふこと莫し」とのたまふ。遂に因りて言はく、「今此の國を理むるには、唯し吾一身のみなり。其れ吾と共に天下を理むべき者、蓋し有りや」とのたまふ。


時に、神しき光海に照して、忽然に浮び來る者有り。曰はく、「如し吾在らずは、汝何ぞ能く此の國を平けましや。吾が在るに由りての故に、汝其の大きに造る績を建つこと得たり」といふ。是の時に、大己貴神問ひて曰はく、「然らば汝は是誰ぞ」とのたまふ。對へて曰はく、「吾は是汝が幸魂奇魂なり」といふ。大己貴神の曰はく、「唯然なり。廼ち知りぬ、汝は是吾が幸魂奇魂なり。今何處にか住まむと欲ふ」とのたまふ。

海を照らして浮かび來るモノは、こう言った。「私がいなかったら、どうやってこの国を平定できたのか。」と。正体は「幸魂・奇魂」との事だが、互いに"吾"と"汝"を問うてる事から、それは大己貴神自身の問答でもあり、それは陰と陽、つまり光と影のとの関係にもなるか。「幸魂・奇魂」は調べれば和魂の分割魂ともなるようだが、ここでの問答にはそこまでの複雑さを感じない。あくまでも、己の中にある光と影との問答にも思える。ここでの光は、あくまで前面に立つ大己貴命であり、幸魂・奇魂は陰で大己貴命を支えて、国を平定したと捉えるべきだろう。考えて見れば、伊勢神宮の天照大神の和魂は、その地にどっしりと構えて、荒ぶる者共を平らげる役目は荒魂の役目であった。崇神天皇の手許を離れ、荒ぶる者共を平らげて滝原宮に鎮座した荒御魂の力があったからこそ、天照大神は神々のトップに立ったとも言える。大己貴命であり、大国主もまた然り。出雲大社に祀られる神とは、大己貴命(大国主)の奉斎する神を祀るとの事。つまり、大己貴命の幸魂・奇魂とは単なる影の存在では無く、陰ながらに大己貴命の後ろ盾となった神そのものと考えても良いのではないか。つまり幸魂奇魂とは後から付け加えられた概念であり、本来は荒魂であったのを誤魔化す為に創作されたものではなかろうか。


大己貴命と一緒に国造りをしたのが少彦名命名であったが、熊野の御崎から常世の国へと帰って行った。その代わり、海上を照らしてやって来たのが幸魂・奇魂であったのは、常世と何か関係の深い神であると考えるべきだ。「日本書紀(垂仁天皇二十五年三月)」に天照大神が登場し、伊勢のイメージを「是の神風の伊勢國は、常世の浪の重浪歸する國なり。」という言葉で表している。伊勢と熊野は、光と影と云われる。その両方を繋げるものが常世という事になる。常世の「トコ」は「底(ソコ)」とも繋がり永久の闇の意ともなる事から、黄泉国とも解釈される。常世の闇が、伊勢や出雲と対比された場合、そこに共通する闇であり影は熊野となるのだろう。光りである天照大神の影は荒魂であり、大己貴命の影とは幸魂・奇魂であろうが本来は、大己貴命が奉斎する熊野神という事になる。こうして考えれば「古事記」や「日本書紀」を読んで感じるのは、熊野神あってこその世となったという事。初代神武天皇の話は熊野に重きを置いて記しているのは、熊野神を陰に追いやって、自らが光りとなった事を示すもの。天照大神が常世の波を感じたのも、大己貴命が神の後ろ盾によって国を平定できたのも、熊野神を意図してのものと考える事が出来る。それはつまり天照大神の影、大己貴命の影が熊野大神であったのだと思えるのだ。
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御影とは本来、霊的な影、神的な影を意味する。本体である自分から抜け出た影は、神でもあり物の怪にも成り得る。つまり、自らの影のいる場所と言うのは常世であり、黄泉国に近い場所と思っても良いだろう。





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