
これはつい一両年前の話。土淵村の長左衛門という者が、琴畑川に釣りに行っていると、川ばたの路を見知越しの女が一人通る。それは琴畑から下村の方に、嫁に行っている女であった。言葉をかけると笑うから、つい好い気になって女のもとに手を出したが、女はえせほほと笑ってはちょいと遁げ、えせほほと笑ってはちょいと退いた。そうして山の中を三日三夜、その女の跡を追うてあるいたという。村でも高山のサズミ山という処の頂上に出て、眼の下に村屋を眺めた時に始めて気がついた。するとその女もだんだんと狐になって、向うの萱山の方へ走って行った。それからぐだぐだに疲れきって、家に帰ってしばらく病んだと本人は言っている。
「遠野物語拾遺199」
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画像は、安倍晴明の母「葛の葉」
「女はえせほほと笑ってはちょいと遁げ、えせほほと笑ってはちょいと退いた。」こういうシーンは実際に、野生の狐と遭遇した時に経験する。まあ狐だけで無いが、人を怖く思っていない野生動物は「ちょいと逃げ、ちょいと退く。」を行い、ある意味からかわれている様にも感じる時がある。陰獣である狐は、女性を意識されるもの。ここでの話も、狐と遭遇した話を女性に置き換えて話した可能性はあるだろう。

この動画は、貞任山の中腹辺りで遭遇した野生の狐。どうも人間に対する警戒心が薄い様で、狐から近付いて来たので、車を停めて撮影した時のものである。

文中に登場するサヅミ山とは、土渕の栃内と大洞の間にある山で、三津見山(609m)と呼ばれる。これは、山口、栃内、土淵が湾の様に見えるから、そう名付けられたという。しかし、琴畑から女を追いかけ、この三津見山まで登ったという事は、かなりの距離を歩いた事になる。いや距離というか、かなりのアップダウンを繰り返し歩いたという事だろうから、これはに酷く疲れてしまだろう。その為、暫く病んだというのも納得してしまうのであった。