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Channel: 不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!-
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「遠野物語拾遺224(大下万次郎)」

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昔土淵村字厚楽の茶屋に、四十格好の立派な侍がお伴を一人連れて休んでいた。ちょうど昼飯時であったから、持って来た握飯を炉に炙り、また魚を言いつけてこれを串にさして焼いていた。その場には村の男が四、五人居合わせて、これも火にあたっていたが、中に大下の万次郎という乱暴者がいて、いきなりその侍の握飯を取ってむしゃむしゃと食い、その上に串の魚にまで手を出した。侍は真赤になって、物も言わず刀を抜いて斬りつけたが、万次郎は身を躱してその刀を奪い取り、土台石の上に持って行って、散々に折り曲げ、滅茶苦茶に侍の悪口を言った。けれどもその侍はすごすごと茶屋を出て行ったそうな。後で聞くとこれは盛岡の侍であったというが、さすがに土百姓に刀をとられたとは言えなかったのであろう、そのまま何事もなかったそうである。

                                                  「遠野物語拾遺224」
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「注釈遠野物語拾遺」によれば、大下は土渕町山口田尻の古屋敷家の分家で「オシタ」と呼び、確かに万次郎という乱暴者がいたそうであると書いてある。実はこの大下万次郎、「遠野物語」にも登場する。
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山口村の吉兵衛と云ふ家の主人、根子立と云ふ山に入り、笹を苅りて束と為し担ぎて立上らんとする時、笹原の上を風の吹き渡るに心付きて見れば、奥の方なる林の中より若き女の稺児を負ひたるが笹原の上を歩みて此方へ来るなり。極めてあでやかなる女にて、これも長き黒髪を垂れたり。児を結び付けたる紐は藤の蔓にて、著たる衣類は世の常の縞物なれど、裾のあたりぼろぼろに破れたるを、色々の木の葉などを添えて綴りたり。足は地に著くとも覚えず。事も無げに此方に近より、男のすぐ前を通りて何方へか行き過ぎたり。此人は其折の恐ろしさより煩ひ始めて、久しく病みてありしが、近き頃亡せたり。

                                                       「遠野物語4」
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この「遠野物語4」では、吉兵衛という者が登場しているが佐々木喜善「縁女綺聞」で紹介している話は、大下万次郎となっているが、ほぼ同じ話であるのがわかる。恐らく、柳田國男が意図的に万次郎から吉兵衛に名前を変えた可能性がある。柳田國男は「遠野物語8(サムトの婆)」の話でも、登戸という地名を寒戸に変えてしまっている。柳田國男の考えまではわからぬが、何か意図があったの事だろうか。
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私の村の大下の万次郎と云ふ村きっての美男でそして乱暴者であった。或る時、近くの境木峠の大沢口の根ッ子立と謂ふところに笹刈りに行って居ると、奥の方からさらさらと云ふ音を立てゝ一人の美しい女が藤蔓で赤児をおぶって来たとも、又靑笹の上を後に垂らした髪がさらさらと引いて笹の上を渡ってきたとも云ふ。其の女とどんなことをしたか分からないが、その儘家に帰ってから病みついて遂に死んでしまった。

                                                       「縁女綺聞」
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帯刀する侍に対しても平気で乱暴狼藉を働く大下万次郎という豪傑が、山女に出逢った為に病んで死んでしまうというのは意外でもある。しかし、この大下万次郎に関する話は、他にもあった。
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陸中遠野郷北川目の者等五六人の同行で出羽の湯殿山をかけに行ったことがあった。かけ下して来て深林帯の尾根に一行がさしかゝると一番後に立ち遅れてゐた大下某と言ふ男、顔色を変へて皆に追ひつき、今の呼び声を聴いたかと言ふ。皆が何の呼び声かと訊くと、おや其れではお前達には聴こえなかったのか、今此の深沢で女の叫び声がしたが、どうも其れが俺の女房の声のやうであったと言ったが、其れからは鬱々として楽しまず家に帰ると遂々病み出して死んだと言ふこと。其の女房と言ふのは三年前ばかり前に死んでこの世にゐなかった者だと言ふことである。

                                                        「東奥異聞」
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「縁女綺聞」での大下万次郎は、山女に出遭った後に死んでしまっているが、「東奥異聞」では出羽の山中で女の叫び声を聞いた後に、家に帰って死んでいる。ただこれは、大下万次郎が出羽から家に帰り、地元の山中で山女に出遭ったから死んだという時系列で良いのだろう。大下万次郎の村での評判は、美男子で乱暴者で、幻想をよく見る資質があったという。これは出羽での幻聴だけではないだろう。恐らく日常に、そういうモノを見たり聞いたりという話を万次郎がしており、それが村に広まっていたのだと思う。万次郎が山女と出遭ったのも、それが本当なのか、もしかして"ひょうはくきり(ホラ吹き)"と村人が捉えていたのかは定かでは無いが、若くして死んだ万次郎であったから、その死と山女との遭遇や、死んだ筈の女房の叫び声を聞いた話も、それらがその死に関連して語られたのは想像に難くない。

こうして考えて見ると、誰もが恐れる侍に対しての乱暴な振る舞いも、万次郎自らが死を常に纏っていたからでは無いかとも思える。既に死んだ女房の叫びや山女の正体も、既に村で死んでいたオリエという死霊であった事から、万次郎自らあの世に足を踏み入れていたのではないかとさえ思える。だからこそ自暴自棄となり、死をも恐れぬ様になったのではなかろうか。そうでなければ、誰も近寄らない侍に対する暴挙を、単なる乱暴者だけという理由で説明できないのではなかろうか。

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