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慶長四年(1599年)頃の創建。別当は中島家中、修験薬王院。農業と安産の神として崇敬されてきた神社。瀬織津比咩の多くは、安産や婦人病に効果ありなど女性に対する神としても岩手県内に知られる。これは熊野大神の不浄を問わず受け入れるというものが根底にあるものと思える。
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社殿の脇には画像の木札が、かけられている。「大地を守護し土地から物を産み給う 更に子授・安産。子育ての神徳」とあり地母神の性質を持っていると信じられていたようだ。気になるのは、秋の縁日が九月十八日となっている事。広く、九月十八日は妙見神の縁日となっている。
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内部には小さな社があり、御神体はどうやら鏡のようだ。
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内部の棟札には「背織津姫命」と書かれている。天香香背男の「背」も瀬織津比咩の「瀬」も、本来同じなのだろう。
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ここは簡単に、画像による社の紹介だけにとどめておく。