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「眠れる森の美女」トイウモノ

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自分が子供の頃には既にディズニーのアニメ「眠れる森の美女」があり、多分映画館で観ていたと思う。調べると1959年のアメリカ作品になっているが、日本での公開は1960年だったようだ。しかしその頃はまだ自分は生まれておらず、恐らく後から東映まんが祭でのリバイバル作品として観たのだと思う。ただ今になって思い起こすと、「眠れる森の美女」と「白雪姫」が混同しているのに気付く。その理由は、どちらの作品も眠っている姫を起こすのが、王子様のキスだからだ。

ともかく昔は、「眠れる森の美女」も「白雪姫」も、ディズニーのアニメ作品としての認識しかなかった。ところが自分が大人になって実は原作があり、それは恐ろしい話であると知る。いろいろ本を読んでいると、この「眠れる森の美女」は民俗学の本にも、心理学の本にも紹介されていた。ただその場合は「茨姫」とか「眠り姫」として書かれている場合が多かったと覚えている。そして今となり、急に「眠れる森の美女」が気になってしまった。その気になった場面は、王女が眠りにつき城が茨で覆われてしまった事であった。

「紡ぎ車に近寄った途端に錘が手の指に刺さり、王女は深い眠りに落ちる。呪いは城中に波及し、王と王妃をはじめ城の人々も全て眠りに落ちるが、城の周囲の茨だけが急速に繁茂し、やがて城には誰も入れなくなった。中には侵入を試みた者もいたが、鉄条網のように絡み合った茨に阻まれ、全員が茨に絡まって落命した。」




この「眠れる森の美女」には、グリム版とペロー版とバジレ版がある。ディズニーの「眠れる森の美女」のストーリーは、グリム版を改編したもののようだ。ただ茨で覆われるのは、どの版でも共通のようである。


ところで茨城県の語源は「常陸国風土記」において、黒坂命が朝廷にまつろわぬ者を討つ為、茨で城を築いた、または茨で退治したとの話から県名に採用されたようだ。棘のある茨だが、例えば六芒星と言われるものの形は、周囲の尖った箇所が魔除けの意を持つとされる。茨の棘も同じく、魔除けとして意図されたのだろう。
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実は城が茨に覆われるで思い出したのが、吸血鬼の話だった。吸血鬼の苦手なものの中に、茨がある。死体が吸血鬼になると信じられていた事から、特にその存在を信じていたヨーロッパの地域では、墓地に茨を置く習慣があった。日本において似たようなものに、死体が起き上がらないように鎌を置くというものがある。実はヨーロッパのスロバキアやポーランドでも、死体を恐れて死体の首に鎌を置いて埋葬する事例がかなりあったようだ。死体を恐れるとは、やはり吸血鬼にならないようにだ。


死者とは恐ろしいものだという概念は、日本においてはやはり「古事記」になるだろう。死んで黄泉国へ行った妻であるイザナミを現世に連れ戻しに行ったイザナギだったが、イザナミとの約束を破ってしまい、イザナミの怒りに触れ恐ろしい黄泉醜女に追われてしまう。そのイザナミは黄泉津大神となり、「私は一日千人の人間を殺す。」と宣言する。それに対してイザナギは、「それでは私は、一日千五百人の子供を産ませよう。」と宣言した。吸血鬼もまた、生者を殺し自分の配下とする死の国の住人でもある。


古来から、あの世とこの世とは相反するものであった。「ギリシア神話」では、最近死者が冥界に来なくなったのは医者のせいだと、冥界の王であるハデスが嘆いた話がある。医療行為は科学的なものではあるが、ある意味死の淵を彷徨う者をこの世に導く行為であり、死の国の側からすれば、有り難くない存在である。とにかく古今東西、あの世とこの世では住人の奪い合いをしていると考えられていたようだ。
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怪談めいた話に、「猫と南瓜」の話がある。化け猫だと殺された猫が土に埋められるのだが、その猫の目から南瓜の実が育ち、それを食べようとする寸前に危険だと発覚して助かる話。恐らくそのまま南瓜を食べると猫の祟りに遭い、病気になるか死んでしまうだろうと思わせる話である。「古事記」でイザナミは死んで黄泉国へ行くのだが、既に黄泉津竈食(ヨモツヘグイ)を食べていた。黄泉国のものを食べると黄泉国の住人になるとされている為に、イザナミは簡単に現世へと戻る事が出来なかった。


古来、植物の葉はこの世に属するもので、地中の根はあの世に属するものと思われていた。つまり植物とは、あの世とこの世の境界でもあり、この世にあの世を伝える存在でもある。地中に埋められた猫の目から育った南瓜は、あの世から育った芽であったと思われ、それはイザナミが食べたヨモツヘグイと同じものと考えられた話だと思える。あの世のものを食べ、あの世の住人になるとは、死人になるという事である。
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話は「眠れる森の美女」に戻るが、このタイトルはあくまでディズニーのアニメタイトルである。グリム童話でのタイトルは「茨姫」であり、言い換えれば「茨に覆われた城に眠る王女」となるだろうか。つまり、森と表現しているのは自然の森ではなく、茨に覆われた城の事になる。しかし、どんな大都会でもその機能が失われ、屹立する建物が樹木に覆われれば、そこは一つの森となる。それ故、この物語の森も、自然の成り行きで形成された森であるという事。その茨に覆われた城の内部は太陽光が遮断された、冥界と考えるべきだろう。そこで眠る王女とは、死人であると思える。


立木鷹志「夢と眠りの博物誌」によれば、古代の神話などでは眠りと死が同一視されていたようだ。ディズニー「眠れる森の美女」では、王子様のキスによって目覚めるが、ペロー版では呪いの通りにお姫様は100年後に目覚める。100年間も起きないで寝ている者とは、社会的には死んでいるも同じであろうし、生物として考えてもそれは生者ではなく死者に分類されると思われる。


ここで「眠れる森の美女」に対する疑問が湧き上がる。城の内部で眠りについた姫を覆う茨とは、どういう意味であるのか。初めに記したように、茨は魔除けになるのだが、逆に吸血鬼になるであろう死人を蘇らせない為の措置でもあった。眠りが死と同一であるならば、眠りという死についた姫を、現世である外に出さない為の措置にも思えてしまう。その禁忌を破ったのは、ふらりと現れた王子である。


これら「眠れる森の美女」であり「茨姫」の話の原型は、バジレ版「日と月とターリア」であるようだ。このバジレ版に登場する王子は鷹狩りのついでに眠っている姫を見つけ、その寝ている姫に欲情して犯してしまう。そして寝ている間に、太陽を意味するオーロール姫と月を意味するジュール王子を出産するという異常性。快感であるオーガスムスという言葉には「小さな死」という意味がある。眠りについている姫を犯す行為は、恐らく死姦を意図していたのではなかろうか。とにかく生殖行為にはエロスとタナトス、そして生と死が混在する。タナトスは、死を神格化した神である。そのタナトスの双子の兄弟がヒュプノスと言い、眠りを神格化した神である。やはり死と眠りは、同じだと考えるべきだろう。

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この「日と月とターリア」には、何故か「古事記」との共通性を感じる。「古事記」でのイザナギは黄泉国の帰りに死の穢れを纏った体を禊をして後、左目から天照という女神を生み、右目から月夜見という男神を生む。「日と月とターリア」でのターリア王女は、眠りという死の穢れの中から太陽の姫オーロールと、月の王子ジュールを生む。世界的な太陽神は殆ど男神であり、月神は殆ど女神である中、この共通性はどうだろう。




また、イザナギは追いかけてくる黄泉醜女に対して蔓草で出来た髪飾りを投げた。蔓草の種類の中に、棘の生えている茨がある。茨は荊でもあり「痛い針」の転訛だという説もある。そして、荊の冠とはゴルゴダの丘で磔になったイエス・キリストが被ったもの。髪飾りと冠、どちらも頭に飾るものであるが、イザナギはそれを黄泉国の住人に対して投げたというのは死人対策の呪術としてのもの。イエス・キリストの荊の冠は、受難の例えとされるが、それはその者を抑制する呪いの象徴でもある。荊であり茨は、その蔓に付く棘が相手を拘束するという呪具でもあろうから当然、吸血鬼にも適応すると思われたのだろう。
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そして眠りという死についた茨姫とは、一体なんであろうか。茨が受難の例えであり、拘束の呪具。その茨姫が生んだのは、太陽と月。太陽は毎日、東から生まれ西に死ぬとされる。また月も満ちた状態から欠けていき、毎日西へ沈んで死ぬ。太陽も月も、どちらも死と再生の象徴である。その太陽と月が沈む西の女神は、夜の女神の娘たちである。夜の闇は、死の世界に通じる。
そして眠りの期間は100年に及ぶとされるが、100という数字を意識した場合、ある考えに行き着く。一年は365日であり、100日とは一年の約1/4。これは、四季を表しているのではなかろうか。そして、その季節とは冬。そこから導き出される女神の名は、ペルセポネ。イザナミと同じく冥界の食べ物であるザクロを食べた事から、冬の間は冥界に拘束される女神である。眠りという死の状態で犯されるのは死姦と書いたが、それをペルセポネに当て嵌めれば、冥界にいる間に冥界の王と結びついたとも考えられる。そのペルセポネを冬の間拘束する為に、茨で覆ったと考える事が出来る。死者である期間は、地上に出さぬ為だろう。あくまでも憶測であるが「眠れる森の美女」であり「茨姫」とは、ギリシア神話に登場するペルセポネをモチーフに創られた物語ではなかろうか。

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