
小国村の何某と云ふ男、或日早池峯に竹を伐りに行きしに、地竹の夥しく茂りたる
中に、大なる男一人寝て居たるを見たり。地竹にて編みたる三尺ばかりの草履を脱
ぎてあり。仰に臥して大なる鼾をかきてありき。
「遠野物語30」
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画像は羽黒堂入り口に飾ってある、天狗を意識した石製の巨大な下駄のオブジェで、とても人間が履ける代物ではない。「遠野物語30」で紹介される草履も三尺とは約90センチくらいで、やはり今の世の中を見渡しても、そこまで大きな足の人間はいないので、ある意味「巨人譚」の一種かとも思える話となる。
自分が小さな頃、いつも採っているミヤマクワガタを更に凌駕する程の大型のミヤマクワガタを捕まえた事がある。その時は計測はしなかったが、恐らく10セントはあったかと暫く思っていたが、大人になって調べると10センチなどというミヤマクワガタは、日本ではギネスを遥かに超える巨大なミヤマクワガタで、有り得ないサイズであった。恐らく子供心に、その大きさに圧倒され"だいたいこのくらい大きかった"という漠然とした記憶が10センチというサイズを作ったのだろう。

画像は、遠野市立博物館発刊「ヤマダチ」より
大きな草履で思い出したのは、マタギが使用するツマゴとカンジキだった。画像のマタギの足元を注意して欲しい。


画像の上がツマゴで、下がカンジキ。これをセットで履き、雪の上を歩くのに使用する。このツマゴとカンジキがセットであれば、それこそ大きな草履に見えるだろう。早池峯は6月まで雪を有する山である。遠野の里の春は4月から始まり、桜の咲くのが4月末から5月の連休にかけてだ。その頃から里山に登る事も出来るのだが、5月の初旬では早池峰にはまだかなりの雪が残っている。
この「遠野物語30」の時期はよくわからぬのだが、これが春先であるのならば、早池峯などの高山に登り獲物を探すマタギなどが、狩猟の後に濡れたツマゴとカンジキを乾かして昼寝している光景もあったろうと想像する。そしてセットになったツマゴとカンジキなどを、たまたま山に登った里の者が習俗の違うマタギの恰好を見るだけで違和感を覚えただろう。そしてその大きさも驚きのあまり誇張され、三尺という有り得ない大きさとなった語られた可能性はあるだろう。マタギの足元だけでなく、全身に毛皮を纏っていたマタギの恰好は、それこそ普通の人間よりも大きく見えたのだと想像できる。山での想定外の遭遇は、そのモノを有り得ない程の誇張するものであるから。