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Channel: 不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!-
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「遠野物語75(魔界の入り口)」

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離森の長者屋敷にはこの数年前まで燐寸の軸木の工場ありたり。其小屋の戸口に夜になれば女の伺ひ寄りて人を見てげたげたと笑う者ありて、淋しさに堪へざる故、終に工場を大字山口に移したり。其後又同じ山中に枕木伐出の為に小屋を掛けたる者ありしが、夕方になると人夫の者何れへか迷ひ行き、帰りて後茫然としてあること屡なり。かゝる人夫四五人もありて其後も絶えず何方へか出でゝ行くことありき。此者どもが後に言ふを聞けば、女が来て何処へか連れ出すなり。帰りて後は二日も三日も物を覚えずと云へり。

                                                        「遠野物語75」
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「注釈遠野物語」によれば、礼七という男が郡境の"山音ス場"と云ふ深林に入り込んでマッチの軸木か何かの材料を製材していた事が分かっている。また別に"つけ木"というマッチの無い時代に火を移す為の木片を作っていたとの証言がある。現代で工場と言えば、大規模な建物をイメージするが、これはどうも家内工業程度のものであろう。それも現地調達、現地加工が可能な場所、ただし輸送は不便な場所で密かに行っていたのだろう。

また、この琴畑渓流沿いが明治三十八年に雑木林が伐採され、檜が植林されているのが大規模な開発であったという事は、「遠野物語拾遺119」に繋がるものである。「遠野物語拾遺119」では木流しという仕事が登場するが、川に木を流して輸送する場合「材木流下届」というものが必要であったようだ。逆に言えば、明治三十八年以前は、この辺はまだ未開の地であったという事だろう。となればやはり「遠野物語拾遺119」での神業とは、聖地が荒らされた為の神の怒りであったか。

この一連の出来事は「遠野物語」に登場するマヨヒガの話の舞台である。朱塗りの椀が流れて来たのが、この琴畑渓流であり、これから上の山にかけてが遠野物語全体に広がる不思議の舞台であった。

ところで、男を誘う女とはいったい何であろうか?西洋には、男を誘う妖魔が多い。例えばギリシア神話のラミアは寝ている男を誘惑し子供を産んで、それを喰らうとも云われる。また、サキュバスに似たリリスは女の夢魔であり、悪魔を産んで増やす為に、人間の男を誘惑すると云う。また俗説では、誘われて行為に及んだ男達は、それを忘れるとされ、まさに「遠野物語75」に登場する、男を誘う女とは夢魔リリスのようでもある。

しかし現実はどうかと考えても、町外れの山とは違い、山の奥である長者屋敷近辺に遊女がいたとは考え辛く、普通に魔物の類と考えた方が無難かもしれない。これが山口部落から登る峠の途中であれば、まだ女が登場する可能性があるが、琴畑の奥は、滅多に人が寄り付かない場所ではある。琴畑の集落の終点から、別の沢沿いの道の途中から山へと登ると、恩徳集落へと辿り着く。そこに早池峯山の遥拝所がある為、琴畑渓流沿いの道よりも、まだ人の往来はあるようだ。琴畑渓流沿いはマヨヒガの伝説で知られ、人の寝静まった夜のうちに背比べをする山の伝説などがあるなど、まるで人を寄せ付けない魔界への入り口の様な場所でもあった。

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