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Channel: 不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!-
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「遠野物語拾遺72(狼の権威)」

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字山口の瀬川春助という人も、それより少し前に、浜へ行って八十円の金を盗まれた時、やはりこの神を頼んで来て罪人がすぐに現われ、表沙汰にせずに済んだ。明治四十三年に字本宿の留場某の家が焼けた時には、火をつけた者が隣部落にあるらしい疑があって、やはり三峯様を頼んで来て両部落の者が集まって祭をしたが、その時は実は失火であったものか、とうとう罪人が顕われずにしまった。

                                                    「遠野物語拾遺72」

山に囲まれた遠野盆地には昔、多くの狼がいた。その主だった場所が、沿岸域に属する五葉山周辺であった。それは、その当時の鹿の生息数日本一であったのが、その理由となる。鹿は、沿岸域の天候が荒れれば、遠野側に移動し、それを狼が狙った。雪が苦手な鹿は、冬場は沿岸域へと移動し、それと共に狼の群れも移動した。つまり、狂犬病が流行る以前の狼とは、山の奥に棲み、鹿などを捕食している山の主であり、山神の使いでもあった。この話の様に狼を恐れたのは、狼そのものだけではなく、背後にいる山神の存在が大きかったのだと思う。嘘や盗みなどの人の穢れを忌み嫌う狼というのも、ひとえに早池峯の神が穢祓の神であり、それを重ねたのだろうか。

稲荷の眷属が狐であり、その狐の姿に五穀豊穣を見た様に、狼もまた山神の厳しさと恐ろしさを反映させた為、尋常小学校の教科書にも「嘘をつくな!」の言葉と共に、狼に追われる子供の挿絵が使用されたのは、狼が絶滅しても尚、狼の神性が失われ無かった証であろう。

ところで「注釈遠野物語拾遺」によれば、盗まれた80円という金額は、大正元年当時の日雇い労働者の賃金が1日48銭、大工の手間賃が1円18銭であったので、現在の貨幣価値に計算すれば100万円程になる大金のようである。となれば必死になるのは当然なのだが、明治時代であれば警察もあっただろうに、それよりも昔から信じられていた衣川の三峰様の御眷属をわざわざ遠野に借りてきたというのも、迷信がまだまだ横行していた遠野であったという事なのだろう。

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