
青笹村の菊池某という人の家に、土で作った六寸ばかりの阿弥陀様が、常に煤けて仏壇の上に祀られてあった。ある夜この家の老人熟睡をしていると、夢であったかその仏様が、つかつかと枕元まで歩んで来て、火事だ早く起きろと言われた。驚いて目を覚まして見ると竃の口の柴に火が附いて、家の内は昼間のようであった。急いで家の者を皆起して、火は無事に消し止めたという。これは今から十年近く前の話である。
「遠野物語61」
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昔の火災の火元の大抵は、やはり火を扱う竃か仏壇であったようだ。この話での火災元は竃であるが、その竃の口の柴に火が附いての火災であったようだ。「台所は女性の聖域である。」という言葉は現代となって云われる言葉でもあるが、古来から竃のある台所はやはり女性の領域であった。竃の種火となる柴を扱うのは嫁の仕事であり、柴は神の依代でもあるから女の霊力を期待してのものであろうが、その竃で火事が起きた。
画像は「地蔵菩薩霊験記」での身代わり地蔵である。地獄の業火に焼かれるところを地蔵の功徳を思い出し願ったところ、女の代わりに地蔵が、その炎に焼かれた。俗っぽいが、親鸞の願望に観音が女性として夢に登場し交わった話なども、身代わり地蔵ならぬ身代わり観音である。功徳を求める庶民は、観音や地蔵の功徳にすがるしかない時代があった。
ところで、火事を教えてくれた阿弥陀様が仏壇の上に祀られてあるのは当初、荒神でもある竃面の代わりに竃の上に祀られてあったのだろう。土で出来ているという事は、火の側に祀る前提で作られたのだろう。しかし、竃神として阿弥陀様を祀るというのは聞いた事が無い。それでは「常に煤けて」とあるのは、もしかして家主に代わり、自らが煤けるまで火消をした事によるものだろうか。まあどちらにしろ仏壇の上に祀られるというのは、その家主が阿弥陀様の功徳を感じてのものだったという事だけは理解できる。