
国立天文台HPの情報を見ると、1ヶ月以上前から12月7日は金星の最大光度で大雪とある。星と天候の結び付きを情報として提示しているのか?と思った。ただ、大雪であれば、災害に等しい。それが金星と結び付くとなれば、天香香背男を思い出してしまうのだ。天津甕星という別名を持つ天香香背男は、金星と結び付けられ神々に恐れられた悪神であった。
船場俊昭「天津甕星の謎」を読むと、金星の最も古い観測者はバビロニア人で金星をイシュタルという戦争の女神と崇敬していた。実際に、金星が見えなくなると激しい雨が降り、凶作に見舞われ、外敵に襲われた事があったという。それは戦の守り神で、国の守り神が失われた為だと思われていたようだ。その他にも、ギリシアの女神アフロディーテやフェニキアの女神アスタルテ、その他の国の神々も似たように、豊かさと混乱を引き起こす神であり星であると見られていたよう。
また日本に影響を与えた古代中国の陰陽五行では、やはり太白は兵事を司ると言われ、何故か古今東西において太白と戦との結び付きは強いようだ。またその金星である太白が昼間に見える場合「太白天を経れば天下革まり、民、王を更ふ。」とあり、天下が乱れ王が失脚するとあり、戦乱の兆しとされて忌み嫌われていたようだ。
平安時代の陰陽師が、忌むべき天文異変としたのは「太白月を犯す」であった。陰陽師は退魔のイメージが強いが、本来は陰陽寮などで天体を観察し、暦などを作成していた。その月と金星の最接近は、天気予報によれば、明日12月5日らしい。さてどうなるか…。
ところで後白河法皇の久寿二年(1155年)七月二十六日に月が金星に接近し「犯した」時に、陰陽師の安倍泰親は「月、太白を犯すは天子悪む。先帝崩じ給ふ象か。女主悪む。関白殿の北政所に薨ぜむとする象か。亦太子皇子か。」という発言は、政治に介入し、その不満をぶつけているものと捉えられている。北政所などの女主の名前が登場しているが、政を邪魔するのは女であるという考えからなのかもしれない。九尾の狐も女に化けて帝をたぶらかした存在。狐という漢字が登場した「日本書紀」での天津狐もまた星である事から、星の神とは、どちらかというと女神のイメージが強い。そして常陸国での男神である天津甕星の香香背男は、何故か女に化けている話も伝わっている事から、本来は女神の可能性があるのではなかろうか?

「宇治拾遺物語」「大将、慎みの事(183)」では逆に「月が太白を犯す」という事が記されている。出だしに「これも今は昔、「月の大将の星を犯す」という勧文を奉れり。」とあり、これは天慶二年に月と金星が接近した時に平将門の反乱が起きた為に、それと結び付けて記されているようだ。それは「今昔物語」にも似た様な事が書かれている。つまり古代中国の陰陽五行による判断が、ここに採用されているようだ。

「宇治拾遺物語」の「大将星」とは「大将軍」とも言い、これは金星を意味している。遠野の石碑を巡っていると、たまに目にする事がある。大将軍と金神は方位神で、恐ろしい祟り神と伝えられている。
野尻抱影「日本の星 星の方言集」では、金星である天津甕星の説明を平田篤胤「古史伝」説を引用し、天津甕星は金星であろうとしている。そして野尻は「単純に考えて、最大光度となったころの暁の明星が日光にとらえられ消えていくのを神話化したと見てもいいだろう。」と結んでいる。つまりこれは、古代バビロニアなどに伝わっている金星の消失であり、災害の兆しにも繋がりそうだ。
明日12月5日は、金星と月との大接近となるのだが、12月7日はつまり、最大光度となる金星と太陽の大接近であるという事だろう。それを言葉に表すと「太陽、太白を犯す」という事。金星と太陽・月との犯す関係は、表現の問題であろうが、やはり金星が月や太陽と大接近(犯す)という事は、その天体の見える大きさから比較しても、犯すのは太陽であり月であるのではないか。つまり正確には陰陽師の「太白、月を犯す」ではなく「月、太白を犯す」が正しいであろう。そしてこれを人間に置き換えて考えてみれば、太白が女神であるなら、太陽神と月神は男神となる筈。
「ホツマツタヱ」によれば太陽神である天照大神は男神として表されており、それは広くその認識が伝わっているようだ。また日本神話での月神は月読命という男神であるが、この月読命は未だに謎で、もしかして女神に変わる可能性を残している。
そして菊池展明「エミシの国の女神」では女神である天白神が、実は太白と結び付き同神であると説かれている。これは早池峯大神と結び付くのだが、これについては別の機会に書こうと思う。とにかく古今東西、女神とされた金星であり太白が見えなくなる、つまり犯される時に災害が起きるというのは迷信でありながらも、その長い歴史の中で伝わっているのは気になるもの。太白が月に犯される明日12月5日と、太白が太陽に犯される12月7日を注視してみようか。