
山口のダンノハナは今は共同墓地なり。岡の頂上にうつ木を栽ゑめぐらし其口は東方に向かひて門口めきたる所あり。其中程に大なる青石あり。曾て一たび其下を掘りたる者ありしが、何者をも発見せず。後再び之を試みし者は大なる瓶あるを見たり。村の老人たち大に叱りければ、又もとのまゝに為し置きたり。館の主の墓なるべしと云ふ。此所に近き館の名はボンシヤサの館と云ふ。幾つかの山を掘り割りて水を引き、三重四重に堀を取り廻らせり。寺屋敷砥石森など云ふ地名あり。井の跡とて石垣残れり。山口孫左衛門の祖先こゝに住めりと云ふ。遠野古事記に詳かなり。
「遠野物語114」

日本の古来から、墓暴きというものは行われてきた。これが古墳であれば、墓の主の装飾品が一緒に埋められているからだ。最近では安倍氏の館跡が三陸横断道と重なる為に発掘されたが、その時には古銭もいくつか発掘されたと聞く。そういう意味では館跡であったダンノハナもまた、お宝の眠る地として思っていた者もいたのだろう。
ところで文中に登場するボンシヤサ館は梵字沢館(別名 大洞館)と記す。「遠野市における館・城・屋敷跡調査報告書」においては、館主等は一切不明であるようだ。もしかして貞任山の開発の拠点となった場所では無いかと云う事らしい。そして、ダンノハナである山口館とは関係が無さそうである。
このダンノハナに舘主の墓があったという事実が埋葬地として意識され、いつしか地域の共同墓地になってしまったのだろう。小友のダンノハナは、村で死人が出るとまずダンノハナで寺地山に合図する為に狼煙を上げ、寺地山で読経が成されたという。
陸地の突端を「鼻」と表現し、例えば岬なども一つの「鼻」である。その「ハナ」が「花」とされれば、どこか華やかな感じがするが「花」も「華」も、本来は「端」の意味から発生している。そして「鼻」も似た様なもので漢字として成り立ち「自」という文字を有する「鼻」は、「端(はし)」でもあり「始まり」を意味する。

確かにダンノハナは地形的に鼻のようでもあるが、それは人間の鼻というより、取って付けた仏像の鼻の様でもある。しかしその「鼻」が「先端・突端」を意味し、そして「始まり」を意味したのなら「ダンノハナ」そのものの考え方がガラッと変わってしまう。

日本最古の書物「古事記」そして「日本書紀」に長い鼻の持ち主が登場する。「一の神有りて、天八達之衢に居り。其の鼻の長さ七咫、背の長さ七尺餘り。」とあり、その名を猿田彦と云い、いろいろな神社の例祭などの先頭を務める神である。猿田彦は塞ノ神でもあり、村の入り口や辻などに祀られている場合が多い。所謂"突端""先端"に祀られ、疫病などの侵入を防ぐと信じられている。村の入り口は村の端でもあるが、村の始まりでもあり、始まりを意味する「鼻」でもある。「鼻」は「端」でもあるが、その「端」は「箸」や「橋」と違う漢字もあてられるが、その「はし」の意味とは「モノとモノを繋げる」意味がある。
「箸」は食べ物と、それを食べる人間の口とを結ぶもの。「橋」は、あちらとこちらを繋げる役割を果たす。赤坂憲雄「境界の発生」には「天界の通路」として虹の橋を紹介しているが、天と地を繋げるものは古来から「高橋」であると云われた。「高橋」は天にも届く高い地と地上を結ぶ存在。氏名としての高橋も、成立がいつからかわからない日本で一番古い氏族でもある。この高橋は神との繋がりを有する氏族であると云われているが、余談としてその分家に九州の菊池一族がいる事を付け加えておこう。
猿田彦の鼻は「其の鼻の長さ七咫」と記されているように長い鼻であったようだが、長いと高い葉近似していた。例えば、長い丸太を立てれば、高い丸太になるように、長いと高いの境界線は曖昧であった。沢山の星の集まったのを昂と云い、それが猿田彦の居た八衢であると云われている。八衢は道の重なる辻でもあり、長い鼻も辻も、どこかで天界と繋がる場所である認識がある。
霊は天から降って来て地に潜ると云われる様に、その霊的な遭遇場所が鼻であり、辻でもある。恐らくダンノハナに死者を葬るのも、その霊であり魂を天界へと送り出す呪術的意味合いが込められてのダンノハナという名称ではなかったろうか。ちなみにダンノハナの「ダン」を「檀」とすれば、それは道教や密教の祭場を意味する。道教は卑弥呼の時代には既に日本に入り込んでいるものであるから、ダンノハナの語源はかなり古いのかもしれない。ちなみに仏教として、初めて死者を懇ろに弔うようになったのは平安末期に、浄土宗の僧侶が死体に手を合わせたのが初めとされる。それ以前の死体は黒不浄であり忌み嫌われるものであった。それを埋葬し土に還すのは黄泉の国へと送る意味合いを含んでいた。それから考えてみてもダンノハナとは本来、古来から伝わる風習を具現化したものであるのかもしれない。「ハナ」が「始まり」を意味するなら、それは死者の「再生」を意味している可能性があるからだ。